両手に芹霞さんの温もりが伝わってくる。
いつもいつも――
私は見ているだけしかなかった。
私の役目ではない。
芹霞さんを腕に抱いて守る騎士(ナイト)は、私ではないから。
夢見ること自体が愚かしい。
しかしそれを自ら望んだ煌は――
芹霞さん想いを公言して、櫂様の護衛役という役目と共に…自らの私情にて芹霞さんをも守り続けていた。
櫂様に…もしもの時を一任されているとはいえ、あの不器用で粗野な男が、公私を同時に成り立たせたのは奇跡。
それは愛故の奇跡。
私は――それが出来ない。
何があっても、私は櫂様を裏切れない。
櫂様の命令がなければ、芹霞さんに触れられない。
だからせめて。
櫂様がいない今は。
これは櫂様の意志によるものだという言い訳に縋って、私が芹霞さんを守るんだ。
馬鹿蜜柑。
本当に馬鹿でどうしようもない駄犬。
私がお前の目の前で自分の姫をさらっているとは妬かないのか?
やはり私では、お前の嫉妬心をも煽れないのか?
駄犬を乱しも出来ないなら、私は犬にも劣る存在か。
堪えきれない嗤笑。
迫る偃月刀を、ひらりひらりと躱しながら、私は会場内を走り回る。
私の取り柄は敏捷性だというのなら。
速度は勝れないというのなら。
小柄故に大柄の目を欺いて、どこまでも走り回ってやる。
何処までも…芹霞さんを奪いにこようとする馬鹿蜜柑の手から、逃げてやる。
珍しく…私が闘わないことに芹霞さんは奇妙に思っているらしかった。
「芹霞さん…。走り回りますから、玲様の気配を掴んで下さい」
そう、それも目的の1つ。
私は玲様の気配を掴むより先に、此の場を切り抜ける打開策を練らねばいけないから。
斜めに振り下ろされる偃月刀を、身を屈めて走り抜ける。

