こんな時にでも、僕の嫉妬心は大きくなる。
僕ではなく煌の名が呼ばれたことに。
心の支えとして、僕の名が呼ばれないことに。
駄目だ。
考えるな。
…芹霞が益々離れて行くだけだろう?
僕は深呼吸をして息を整えた後、芹霞の手を握った。
微かな抵抗が感じられたけれど、僕は唇を噛んで…無理矢理恋人繋ぎにする。
聞こえてくるのは、小さな芹霞の溜息。
「――…っ」
僕の心を抉る溜息。
繋いだ手から感じられるのは、冷たい体温。
冷え切った…温度。
「…芹霞の手、冷たいね」
何も感じていないフリをして、僕はそう言いながら…芹霞の手に温かい息を吐いて、片手で擦り上げる。
芹霞は小さな欠伸をして、また首筋を小さく掻くだけで。
――玲くん、自分で出来るって…。
いつものような芹霞の言葉も出てこない。
僕は――思わず目を閉じた。
閉じた瞼に力が入り、小刻みに震える。
まだだ。
まだ"お試し"は終わっていない。
失敗で終わったわけではない。
「玲くん…トイレに行ってくる。すぐそこにあるから」
芹霞が僕から手を離して立ち上がり、歩いて行く。
「あ……」
手には――冷たさすら感じられなくなって。
僕はその両手で顔を覆った。
バングルの冷たさだけが、頬に伝わって。
切なくて切なくてたまらない。
不安定な僕の心は、手洗いに行く芹霞の行動すら、悪い方に考えてしまう。
どうかどうか――
僕から逃れる為の口実ではありませんように。
僕は顔を上げて、じっと…芹霞の消えた場所を見つめていた。
お手洗いの横の壁には看板。
『ライブは右のAホール、全国格闘オンラインゲーム大会"APEX"は左のBホール』
右手からは爆音が聞え、休憩を終えたカップルがそちらへ流れる。
僕はそれより…左方面に気を取られた。

