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「はい、芹霞。温かいココアだよ?」
あれから雨の勢いは益々強くなり、僕の腕の中に居る芹霞がぶるりと身体を震わせて、立て続けにくしゃみをしたから…僕達は暖をとれる場所に移動した。
移動といっても外は雨。
人の群れに沿って移動出来る場所は、あのライブ会場のドームしかなく。
緊急避難だから仕方が無い。
外の自販機の温かい飲み物は全て売り切れているが為、やむなく中に入った。
入り口には青い制服を着た従業員が青いバスタオルを配っていて…僕はネームプレートを確認する気力のないまま、皆と同じように淡々とタオルを受け取り、髪から顔に伝って滴り落ちる雨滴を拭った。
建物は幾つもの会場を内包しているらしく、ロビーのような休憩所には暖房機が設置されていて、暖を取ろうとしているカップルで溢れかえっていた。
軽食コーナーがある。
僕はそこで、テイクアウト用の温かなココアを買い、その紙コップを芹霞に渡した。
僕のコートを身に纏いながら、椅子に座ってタオルで身体を拭いていた芹霞は、口端を少し上げて御礼を言って受け取った。
多分――
笑っているつもりなんだろう。
どうすればいつもの笑顔を取り戻せるんだろう。
どうすれば傷ついた心を癒せられるんだろう。
"約束の地(カナン)"の時は…
「煌……」
ココアの蒸気に口元をあてた芹霞が、ぼそりと呟いた。
「今頃、煌はどうしているんだろう」
そうだ、煌が…。
どういう手を使ったのは判らないけれど、確かなことは…僕じゃない男によって芹霞は立ち直ったと言うこと。
櫂によって壊された表情は、煌によって修復された。
櫂と煌は…芹霞の中では大切な存在。
だからこそ、赤い宝石箱に大切にしまわれている。
入れないのは僕だけ。
その僕は芹霞を傷つけた張本人。
溜まらなく…切なくなる。
「そうだね…早く煌に会いたいね」
そう言うと、
「うん。早く煌に会いたい…」
芹霞は小声で言って、気怠そうにココアを飲んだ。

