芹霞は黙り込んだ。
「もう…傷つけないから」
その沈黙が――
「もう一度、僕を信じてよ」
凄く怖くて。
「挽回のチャンスを…頂戴?」
狂い出しそうな痛みが全身を駆け上る。
僕は笑った。
泣きながら笑った。
芹霞が握りしめるバングルを、
無理矢理手にとり…つけたんだ。
「ありがとう、芹霞。嬉しいよ?」
芹霞からの反応はなく。
まるで僕の独り言のように。
「君だと思って…大事にするからね」
欠けた月長石。
壊したのは僕。
"大事にする"なんてあまりに滑稽だけれど。
僕は、バングルに口付け、愛を捧げた。
どこまでも雨で冷えた冷たさが、僕の戦慄(わなな)く唇に伝わった。
脳裏に…手首に巻いた布に口付ける…櫂の姿が思い浮かぶ。
万が一のことを思い、芹霞の想いを聞いても…答えなかった櫂。
極限状況の中で、芹霞の幸せを願い、自らの愛を黙して伝えた櫂。
溢れる程の想いに、共感する。
「僕も…芹霞にプレゼントしたいなあ」
また涙が零れ、声が震えた。
「お揃いのブレスレットにしようか?」
笑う僕に、凍えそうな雨が降り注ぐ。
もう…"指輪"と口に出せない僕の心は、荒れ狂っていて。
芹霞からの返答はなかった。
そして僕は、ずっと笑いながら…黙り込んだままの芹霞に語り続ける。
愛しい恋人との会話のように。
少し前までの、あの甘い時間を思い出しながら。
近くにいるのにこんなに遠い。
虚しいだけの1人芝居。
失った時は戻らない。
ねえ…芹霞。
戻って来てよ。
口を開いてよ。
"玲くん"って呼んでよ。
可愛く頬を赤く染めてよ。
無理矢理、"お試し"を続けさせて…"恋人"に縛る僕に投げられた芹霞の言葉は…
「……雨、降ってきたね」
僕の想いとは交わることのない、とりとめのない言葉だった。

