5日前――
突如玲くんは…紫堂の次期当主になった。
そういう肩書きには興味がなさそうに思っていたのに、どうして紫堂に戻ったのかよく判らない。
どうして発作を起こしてまで、次期当主に縋るのか判らない。
だけど…あたしの居る世界と決別したのは玲くんの意思だから。
あたしは何も言うことが出来ない。
玲くんをこちら側に引き止められなかったのが、悲しくて仕方がない。
次期当主はもう、ケーキなんて作らない。
次期当主はもう、解れた袖を縫い直さない。
節約なんてしなくてもいいし、特売日にはスーパーに並ばなくてもいいし、欲しいものは手に入る。
"買ってあげるから"
その言葉が決定的だった。
いつものような優しさがなく――傲慢な君主を彷彿させた。
その顔は凍りついているもので"えげつなさ"とはまた別のもので。
"氷の次期当主"
付き合い長いあたしにも、その顔を向けられたと思ったら…玲くんとの間に通わせてきた"心"が何処かに行った。
共に過ごした時間なんか…肩書きの前では無に返るものなんだ。
あたしに対してだけは違うと…変わらずにいてくれるものだと…思っていたのはただの自惚れだったのか。
あたしは――
媚びて金品を強請(ねだ)る女じゃない。
だけどそういう目で見られてこれからも一緒に居るならば、それなら…お零れに預かる"愛人"。それならあたしは…一緒にはいられない。
庶民には庶民なりの矜持がある。
あたしを嘲るような態度で…そうやって玲くんは、優しさを少しずつ消して…煌びやかな世界に染まっていくと思えば…もう駄目だと思ったんだ。
危惧が現実となり落胆して絶望となって取り返しがつかなくなる前に、これ以上…進展してはいけないと思ったんだ。
誰もが羨望する王子様は、"白銀(プラチナ)"を求めて"銀"は切り捨てる。
本来あるべき輝きだけを求めていく。
あたしは鞄ごと…玲くんのプレゼントを抱き締めた。
恥ずかしい。
あたしの精一杯のプレゼントは渡せられない。
そこから生じた…価値観の相違は、あたしにこれからの玲くんとの未来を諦めさせたんだ。
好きだ嫌いだよりももっと根本的な問題がある。
あたしは、玲くんに適していない。

