櫂は呼吸を止めていた。
あまりに衝撃すぎる現実が、櫂から呼吸を奪っている。
「櫂、息をしろ!!! 止めるんじゃねえよ!! 止めるのは風の力の方だ!!!」
暴風に包まれた中、俺は櫂の頬をぺしぺしと叩く。
生体反応がねえ。
俺は焦った。
まるで――
抜け殻のような人形。
壊れる寸前のような、無機質な硝子細工の人形を…俺は抱きしめて声をかけている気分だった。
それは…久涅に煽られ、櫂に拒まれた玲の姿の如く。
櫂はここまで繊細な造りをしていたんだろうか。
自らが放つ風の力に、櫂が自壊していきそうで。
させてたまるか!!
頭に響く、久涅や櫂の父親の下卑た笑い声。
それを消し去る為にも、俺は身体全体で、櫂の力を抑えにかかった。
俺に力の増幅作用があるのなら、逆も出来るはずなんだ。
今、抑えられるのは俺しかいねえ。
鎌鼬(かまいたち)のような風の刃が、俺の表皮を裂いていく。
視界に真紅の飛沫が飛ぶ。
傷なんて構わねえよ。
俺を傷つけて落ち着くなら、幾ら傷つけてもいいから。
俺の命と引き替えにしても、櫂を壊しはさせねえ!!!
それが今、
俺が此処に居る意味だろう!!?
「………っ!!」
その必死さが通じたのか――
俺から赤い光が揺らめいた。
やがてその赤い光は…まるで結界のように、俺達を包み込む外殻となり、荒れる緑の光を抑えこんでいく。
「櫂、聞こえるか? 櫂…「芹霞……」
漆黒の瞳に溢れた涙が、
頬を伝って零れ落ちた。
「どうして…
なあ…どうして?」
櫂は譫言のように声を漏らしながら、手首の布を歯で噛みしめたんだ。
大事にしていたんだろう。
心の拠り所にしていたんだろう。
痛々しい程、噛みしめて――。
「12年…想い続けてきたのに…どうしてお前は俺を…忘却出来る? どうして…届かないんだ? 12年の想いが…どうして忘れられるんだよ!!!?」
震える声。
掠れきった悲痛な声。
「芹霞!!!」
櫂の哀しみが吹き荒んで、俺に伝わる。
どうすればいい?
俺は一体どうすれば!!?
その時――
「!!!!」
ドアが開いたんだ。

