「芹霞、俺はただ…!!!」
「やっ、触らないで!!! 触らな…ううっ…」
更に腕を掴んだらしい櫂と、頭を抑えて蹲(うずくま)り始めた芹霞に…
「記憶は…残ってはいるんだな」
久遠の声が響いた。
芹霞を煌が片手で抱きとめている。
「拒絶こそが…過去の記憶だ」
櫂に向けていたのは紅紫色。
芹霞に記憶がなくても…
それでもその瞳は激情の色。
「つまり――
紫堂玲がせりの記憶を操作したのではなく、
せり自身が…紫堂櫂、
お前の記憶の忘却を望んでいるんだ」
「違う!!!」
僕は即座に否定した。
――紫堂櫂を愛してる!!!
「久遠はあの場に居なかったから簡単に言えるんだ!!!
あの時の芹霞が、どうして櫂を忘れることが!!!」
「壊れそう…ではなかったか、その時のせりは」
「え?」
「まるで硝子のように…紫堂櫂と共に割れて弾けようとはしていなかったか? 例えば、後を追いかけようとした、とか」
「それは…」
僕は肯定の意味で押し黙る。
確かにあの時の芹霞は、櫂と共に死のうとしていた。
それだけ芹霞の絶望は激しくて。
「せりの心は――
お前の…"紫堂櫂は存在していなかった"という言葉で救われたんだ。
もし紫堂櫂の存在が、せりの心にちらついていたならば。それをせりが自覚していたならば…。
きっと今頃、せりは廃人同然だったろう。
心が…壊れて」
思い出す。
あの時の芹霞。
僕を残しても…櫂の元に逝こうとした芹霞を。
そこまでの愛。
そこまでの絆。
芹霞の全ては櫂のものだと、悟った辛いあの瞬間。
裏返せばー―
そこまでの愛と絆が櫂の"死"で破滅してしまえば…
その反動は…心に来る。
死滅した櫂と共に…芹霞の心は壊れる。
――いやあああああ!!!
あの時。
芹霞の心は、櫂の死を許容して――
時間を止めてしまったんだ。
進みもせず、退きもせず。
そして――
心が膠着して、砕ける寸前。
――紫堂櫂は存在していなかった。
僕の…言葉によって、虚構の世界を作り上げてしまった。
…本能的な自己防衛が。
そういうこと…か?

