レバーを実際に握っているのはあたしだ。
玲くんはただあたしの手を触っているだけの図だ。
危険だ、危険すぎる。
そう訴えているのに、玲くんはにこにことして全然手を放す気配はない。
逆にあまり強く訴えると、玲くんの笑顔が"えげつ"なくなり、痛いくらいに力を入れられ、指が反乱起こしているようにもぞもぞと動く。
もう…いいや。
玲くんが元気で、事故がないのが一番だ。
うん。こんな状態でも、玲くん運転上手いし。
多分ドキドキしているのはあたしだけだろう。
蒼生ちゃんの作ったドレープのシャツは襟ぐりが大きい上、玲くんが運転する度にさらさらと優雅に揺れ、玲くんの意外と逞しい…鎖骨辺りをあたしに魅せつける。
特にバックをするのに、身体を捩って首元をこっちに向ける時なんて、視界に入る"それ"と、漂う色気に…ドバッといきたい鼻を抑える為に、目を瞑ってぶつぶつ念仏を唱える羽目になる。
玲くんの表情は――
優しげであり…涼やかだ。
"意識"しているのはあたしだけで、玲くんには変化がないから、悔しさも混ざってくる。
綺麗すぎる横顔が、恨めしい。
本当に――
玲くんは、何が本当の玲くんが判らない。
あれから、"デラ=シハカ"の2階で、店長さんのご厚意で…化粧をさせられたあたし。弥生が施した合コン用の化粧とは違い、やはりプロのメイクは…使っているものが違うのか、貧弱な素材は同じでもモデルになった気分になるから不思議だ。
可憐な服のイメージに近付いたような、自惚れたような錯覚がおきてしまう。
いや、判っていますから。
土台が変わった訳じゃないし。
ただ願わくば…
――芹霞、ごめん。今、僕に話しかけないでね。
あたしの…化粧出来たてほやほやの顔を見るなり、くるりと背を向けてしまった玲くんが、
――一段と愛らしくなり、随分と高揚なさっているようですわ、"彼"。余程溺愛されているのですね、羨ましいですわ。
深呼吸していていたのは、拒絶ではないと思いたい。
だから決めつけた。
うん。
玲くんは、照れ屋さんなんだ、と。

