「桜。…櫂が先刻…
"玲"って…泣いたんだ」
煌は唇を噛み締めて。
「櫂は玲を嫌わねえよ。
嫌えるものか。
櫂が…乗り越えねえといけないんだよ、此処は。
惚れ抜いた女が、他の男を想う。
それは確かに残酷すぎる現実だけど…
多分。櫂を判ってやれるのは、
幼馴染で…同じ立場の俺だけだ」
私は今更のように思う。
芹霞さんが、自分ではない男を想うことを心底辛く感じるのは、櫂様だけではないと。
「煌……」
「んな顔すんな。俺は大丈夫だからさ。辛くても…俺は自業自得で。それにこれくらい、櫂の心に比べれば…」
ほろり。
煌の目から涙が零れて。
「あれ、何だろう。あれ?」
武骨な手で、擦っても擦っても止まらぬ…煌の涙。
だから私は――
煌に背を向けた。
見せたくないはずだ。
辛い涙は。
煌だって…
ずっと芹霞さんを想い続けている。
櫂様の記憶がなくなり、芹霞さんが玲様を選んだという事実は、
それでなくとも嫉妬深い煌にとっては、かなりの痛手のはずで。
抜け道のない魔の永久運動のような…それ程の苦痛を受け続けているはずで。
『櫂じゃないなら、
何で俺じゃない!!!』
そう叫びたいのが率直な心情。
煌の…傷心から滲んで零れ落ちたその雫は。
煌の心が叫んだ、想いの切なさは。
報われたい。
だけど今、自分の心は抑えねばいけない。
理性と本能がぶつかった証。
煩悶の涙。
それは…櫂様と玲様の切なさが引き出した…共鳴の雫。
私もまた――
頬に伝わる涙を、手で拭った。
今は、それ所じゃないから。
それは私だって…
判っているから――。