「聖。お前は…レグを知っているのか?」


久遠の声に、聖は薄く笑った。


「そりゃあ…情報屋さかい」


久遠は、ゆっくりと…聖の破けた首元に指をさした。



「それは…"黒き薔薇の刻印"…とやらではないのか?」


え?


聖の首にあったのは…血色の薔薇の痣(ブラッディ・ローズ)の漆黒版。


「レグの手記にそんなことが書いていたのを読んだ気がする。

闇世界の…大きな秘密結社。

レグが所属していた…者なのか、お前」


「これは…そんなけったいなものではあらへんで?」


「ではなんだ? 裏世界だとかいう処の何かか? 

お前…情報屋が真の姿ではないな」


久遠の問いに、聖は口元を吊り上げ、嘲るような笑いを浮かべて言った。


「これは…忌まわしき、落伍者の刻印」


落伍者?


「かつて、各務に…咲いていた、紫の薔薇。

あれは永久に咲き続ける…人工的な薔薇や」


私は…以前、"約束の地(カナン)"にあった温室の薔薇を思い出す。

あれは今、ない。

久遠が、必要ないと言ったから。


「久遠はん、それと意味は同じや。

薔薇は散る為に存在する。

散るからこそ美しい。

人工的に生き長らえさせても、それは美しさとはちゃう。

…醜いだけや」


瑠璃の瞳が少し揺らいだ。


「色もつかず、散りもせず…

光に出来た影のように…

形骸だけの玉響の生を保つ。


そんな薔薇が生を望む限り、

闇の規範(ルール)に縛られる。


これは――

従属の刻印」


すうっとその目は細くなり。


「生きるためには――

何かが破滅する。


破滅させる覚悟が無くして、邪推した俺を真実と思うな。


何も…知らない癖して」


殺気にも似た視線を久遠に向ける。


冷ややかな瑠璃色の瞳が、その挑発的にも思える視線を動じずに受け取ると、聖は薄く笑い――嘘臭い…作り物の笑顔を向けた。


「まあ…久遠はんの"拠り所"が無くなったら、きちんと勧誘させて貰いますわ。今、裏世界は人不足やさかいに、その度胸も美貌も力も頭脳も…ホンマは直ぐにでもごっつう欲しいやけどな~。その時は、ええ男限定の黒薔薇(ブラックローズ)同盟でも組まひょ」


笑顔で――

己の闇に踏み込まれるのを拒絶していた。


透き通るような…怜悧な瑠璃の瞳への防御策のように。