「芹霞が…好き…だ」



哀切な声音を響かせているのは、目の前の紫堂櫂だった。



「好き…なんだ…」


掠れきっているその声が、彼の涙と入り交じり、夜の帳に落ちた。


依然怪しげなもの達に囲まれた中、彼は悲壮感漂う声音を震わせる。



「芹…霞……。

思い…出して…」



そうあたしに手を伸し、あたしを誘い込む。


吸い込まれる。

闇に輝く、彼の美しさに。


彼の世界に。



だけど――



――紫堂櫂は存在していなかった。



惑わされてはいけない。

流されてはいけない。



あたしは彼を知らない。



あたしが本能的に後退ると、

彼は悲痛な顔をして…

代わりに手首の布に口付けた。


あたしを…その目に映したまま。



どきん。


心臓が大きく跳ね上がる。


その仕草があまりにも艶やかだったのと、

あまりにも切なすぎたのと。


孤高ながらも救いの手を求めるような…時間が止ったかのようにも思えるその光景に、目を離すことが出来なくて。


本当に愛されている心地がして。


無性に…泣きたい心地になった。


彼は布から離した唇で、言葉を紡ぐ。



「戻って来て…」



そう…彼は笑った。

泣きながら笑った。





「芹霞…ちゃん…」






どくん。




――…ちゃあああん!!!




ぐらりと、あたしの身体が傾いた。