そして。


「鏡を貸せッッ!!!」


久涅はあたしから、鏡をひったくると――

地面に叩き付けて壊してしまった。


「な!!!?」


「この鏡は、刻まれている南斗七星が反転している。つまりは"意味"が逆になる贋物だ。すり替えられたんだ。

"あいつ"は此の地に居る!!!」


そう奇妙なことを叫ぶと、突如周囲に遣った目を細めて。


「小娘、俺から離れるな!! い…うっ…」


顔を苦痛に歪めたと思うと、のけぞるようにして地面に転がったんだ。



傷が、傷が痛むんだ!!!



「動くな、小娘!!!

いいか、じっとしていろ」


久涅の怒声に、はっと気づけば…

あたし達は、元天使の"生ける屍"に取り囲まれていたことを知る。


食らうという本能に動かされ、口を大きく開いた屍は…何処ぞのホラー映画のものよりもリアルで。


だけど現実味がないように感じるのは何故なんだろう。


一度滅んだモノが蘇る様に、多少違和感は覚えるけれど、死んでも生き続けることこそがゾンビ…"生ける屍"の意義であれば、別におかしい処はないのかもしれない。


そして夜空には…黄色い蝶。


それはあたし達を…というより、あたしを狙ってきているようで。

その急降下の角度の対象は、あたしだけだった。


そんな…悪しき邪なもの達の来襲は、ある一定の距離の処で弾かれたように皆遠ざかる。


それはまるで、あたし達が…透明な硝子のような…絶対的な防御結界に覆われているかのようで。


「無効化。忌まわしい力だったが…助かったな…」


そう、久涅の呟きが聞こえた。


めまぐるしく変化した、あたしの景色。


とりあえず今、あたしは久涅に守られているらしい。


安心したら涙が止らなくなってしまった。


久涅は怪我が酷いのか、そのまま地面に横たわったまま。



「く、くじゅみ…」


心配で声をかければ…


「少しすれば…落ち着く。俺も少しは…回復出来る身体があるから」


そう言うけれど。


心配で、心配で溜まらなくて。



「く、くじゅみ…」



「小娘…俺の為に、泣いてくれているのか?」


意外と言うように、目を見開いた久涅がこちらを向いた。