「だったら、クマの靴は?」

「……判らない」


あたしもクマの靴なんて判らないや。

由香ちゃんだって、自慢されなかったら判らないと思う。


靴なんて、目につく部分じゃないし。


「ブーツ履いてたのか、本物は」


玲くんの呟きが聞こえた。

あたしは見えないけど、そうなんだろう。


「紫堂玲の記憶の再現かも知れないな」


久遠はそう言った。


「僕の?」


「紫堂玲の名前が頻出していた『TIARA』。そして電脳世界がやけに絡むことが気に掛かる。

今の処、クマと由香が本物のように現われたが…双方見知るのは、紫堂玲とせり。だがせりは由香の靴の記憶はある。

オレはどうしても紫堂玲が関係しているという『TIARA』…人工生命にも似た複製だの増殖だの…それらの単語が頭から離れていかない。まさしく今、"約束の地(カナン)"がそんな状況だ。

だったら"記憶の再生"は、"記憶の複製"に相当するじゃないか」


「でも、由香ちゃんの偽者は式のような使い魔で、人外の存在…」


「偽クマも同じく式だとすれば。式を放った者が、紫堂玲の記憶を参照し、式として複製している。だけどそれは外見上のことで、式の言葉に矛盾が多いことを考えれば…思考という"心"までは、再現出来なかった。そうは言えないか?」


「じゃあ偽三沢さんは何で被り物を…? 

僕、三沢さんを見知ってるのに」


「クマの顔をはっきり思い出せるか?」


「勿論。ボケていないよ、まだ」


「特徴を言ってみろ」


「黒いふさふさの髭」


そうだよね、まずそこからだよね。


「……次は?」

「………」


玲くんの返答がない。


「目は?」

「………」


「口は? 鼻は? 耳は? 髪は?」

「………」



そういわれると――

あたしも、髭しか思い出せない。


「口に出せないなら、絵は描けるか?」


玲くんは無言だった。


「せりは?」

「…髭以外描けない」



それくらい、クマのふさふさは凄く目立っていて。

逆に言えば、それ以外は目立たないんだ。


だからこそ、髭をとったクマの顔を本物と信じられなかったわけで。


玲くんが項垂れた。


「ごめんね…三沢さん」

「ごめんね…クマ」


あたしも一緒に謝った。


「良いってコトよ。あんなに近くに一緒に居ても、どうせ…目立たない顔だしな…」


クマは泣きそうな声だった。