刃物を突きつけられても、動揺した素振りを見せない。


その赤銅色の瞳に、宿っているのは殺気。


見ているだけでさえ、肌でびりびり危険を感じる…剣呑過ぎる視線。


一身に浴びる緋狭様には、少しも動じた様子はなく。


「裏切る? それは慮外。私は今、有給休暇中なのだ。

なんでも私は、天一神が北角に居座る方忌み(かたいみ)中らしい。縁起悪いからと胡散臭い上司に無理矢理休暇を取らされ、北とは無縁の放蕩生活。

ふらふらと歩いていたら此処に出たまでだ。

よって今、公務とは無関係であり、プライベートで何をしようと、私の勝手。誰に迷惑かかるものではない」


つまり、何をしようが自由なのだと、艶然と緋狭様は笑う。

敵に回るのは、五皇の時のみと…五皇の肩書きなければ敵にはならないと、緋狭様は告げている。


"天一神が北角に居座る方忌み中"って何だろう。

方忌み…進めば凶となる方角のことか?


「紅皇、判っているのか? "印"はそんな御託で逃れられるものではない。それだけのものを、お前は背負っている。それを忘れたか?」


喉の刃を手で握り、反対の手の指で差したのは…背中。


それは――

背中の…奇怪な印?



刃を握る周涅の手から、血がだらだらと滴り落ちている。


周涅の表情は何1つ変わることなく…そして緋狭様の表情も変わることがない。


穏やかに見えるが…

腹の底では牽制しあっている。


気を抜けばやられる…

見ているだけでも、鳥肌が立つ程の緊張感が生まれている。


「紅皇、引け。

引けば此の場は見逃してやる」


緋狭様は喉元でくつくつと笑う。


「何を言っているか判らぬなあ。私はただ、凶である北を除いて歩いてきただけだ。そうしたら偶然、駄犬の哀れな泣き声を耳にして、あまりの情けなさに、足を止めただけ。

偶然…その先に、お前が居ただけの話」


飄々と言ってのける緋狭様。


五皇に偶然なんてありえない。

あるのは…必然。


そう、緋狭様は…

自らの意志で私達を救いに現われたのだ!!