それから長い沈黙が続いた。
本当は聞きたかった。
『芹霞と会って何を話したの?』
『芹霞は櫂だと思い出してきた?』
『芹霞の恋心は戻ってしまってる?』
聞けないよ。
聞けるはずがないよ。
きっと芹霞の記憶は戻るのだろう。
僕がかけた仮初の魔法は、
もう消えてしまうのだろう。
だけど、これだけは櫂には言いたくて。
声が震えた。
「櫂。今…芹霞と"お試し"をしている。
"お試し"は12時まで、だ」
暗黙に告げる。
これは僕だけの絶対的な権利。
お願いだから邪魔しないでくれ。
そして――。
芹霞がOKしたら、その後の関係も吝(やぶさ)かではないと。
櫂は口を開きかけたが、くっと堅く結んだ。
煩悶の顔。
深い深い翳り。
嫌だろうね。
僕が櫂だったら、許せない。
事情を判っている癖に、何ぬけがけするんだ、裏切り者だと詰りたい。
――紫堂櫂を愛してる!!
僕は、櫂に怒って貰いたかった。
詰って責めて貰いたかった。
それだけの酷いことを僕はしていたのだから。
判っているからこそ苦しくて。
苦しいからこそ、僕は明確な罰を貰いたくて。
僕は、傷つかないといけなかった。
櫂と会っても尚、芹霞を諦めきれない僕は、"お試し"を止める気がない僕は、それしか僕が傷つく方法を見つけられなかった。
自分勝手。
自己満足。
判っている。
嫌という程判っているんだ。
自分がどんなに嫌な人間か。
だからこそ。
僕を罰して貰いたかった。
櫂は唇を動かした。
"何があった? 玲…"
目の奥が熱くなってきて、
僕は静かに目を閉じた。
櫂の心は崇高すぎて。
櫂の器量は広すぎて。
痛い。
心が…痛いよ。
狭量な僕との差は、拡がるばかりだった。

