三沢さんは、項垂れた僕の頭の上に大きな手を載せた。


――辛い恋愛しているな。報われるといいな。



その時だった。



――何するんだいッッ!!!




由香ちゃんの悲鳴が聞こえたのは。


僕はプログラムを三沢さんに任せて、慌てて階下に降りる。


ガシャーン。


何かが割れるような音がしたのは台所。


見るとそこには、


由香ちゃんに馬乗りになった司狼が居て。



手には…櫂の剣。


それを由香ちゃんの胸に突き立てようとしていたんだ。



――お前が、お前がッッッ!!!


激しい怒りを由香ちゃんにぶつけていたんだ。



僕は慌てて司狼を引き剥がそうとしたが、司狼の力は強くて。


仕方が無く延髄に手刀をあてて、彼を沈ませる。



――お前が殺したんだろ、皆を!!!

――久遠様も…芹霞も…旭も…。

――僕は…見た…んだ…。



そして――


――この…ニセモノ…。



崩れた小さな身体。


久遠も芹霞も旭も…なんだって?

司狼は…何を見たって?


そして――"ニセモノ"。


S.S.Aで芹霞の偽者を見ていた僕としては、見過ごすことの出来ない単語。


心臓が嫌な音をたてる。


時折乱れるのは、まだ完全に僕の心臓が戻っていないから。



――び、びっくりした…。

――何、幻覚見てるんだろうね…?

――ああ、ポットのお湯が湧いたようだ



由香ちゃんは引き攣った顔で笑いながら立ち上がると、何事もなかったかのように茶葉を入れた急須にお湯を注ぐ。



僕は…違和感を感じた。


どうして、蓮が居ない?


ちらりと視界に入るのは、床に崩れ落ちた司狼の首筋。

小さな…赤い手の跡。


何だ、これは?


とぽとぽとぽ…。


注がれているのは玄米茶。


何で玄米茶?


珈琲を入れると言ってたのに?


台所の照明が目に眩しい。


僅かに目を細めた瞬間、床に転がる剣に光が反射して…何かが映って見えた。



それは――。



僕は、ゆっくりと由香ちゃんを見る。


由香ちゃんの瞳は――

片方だけが青みがかっていた。


そして足。


何故か…裸足で、泥がついていた。