とあるアイドルの恋愛事情 【短編集】

恋愛感情など持ってはいないとわかっていても、それでも俺は膝の上で扇子を握り締めながらニヤリと微笑むこいつに溺れた。

俺とて、こいつに対して感じるこの感情が「恋愛感情なのか?」とそう問われれば首を傾げるしかない。けど、こいつが俺が渡した扇子を手放さんように、朝起きてダルそうにベッドから起き上がるこいつの姿を見るのをどうしても止められずにいる。

何やろう、これは。

 
「俺は…おねぇの何?」
 

気を抜いていて思わず発してしまった言葉に、自分でもわかるくらいに慌てた。けれど、1度口から出てしまった言葉を訂正することは不可能で。勢いをつけて広げられた扇子越しに唇を奪われ、少し覗いた瞳が少し優しくなった。

「りょーちゃんはあたしの可愛い弟」
「ごっつ都合のええ姉貴やな」
「かわいーかわいーあたしのりょーちゃん。大好きやで」
「あほか」
「ちょっとホール回ってくるから、先いつもんとこ行ってて。部屋番はメールで。会計はせんでええから」
「わかりました、オネーサマ」
「よろしい。じゃぁ、ちょっくらお仕事してきますわ」

中途半端に扇子を広げながら、いつもの「No.2の顔」をした小夜が扉の向こう側へと姿を消した。

卑怯な女や。と、進むことも戻ることも許されない立場に立たされている俺はいつもそう思う。

皆とバカ騒ぎをして、こうして時々一緒に朝を迎えて。この関係が何なのか。そう疑問に思うことさえ許さない。ホンマに都合のええ姉貴やと思う。決してそのスタイルを崩さず、いつも何段か上から「可愛い」と言いながら俺を見下ろしてる。その段を上って近付くことも許さず、下りて遠ざかることも許さず。


「ホンマ何やねん、あの女。絶対今日は声枯れるまで啼かせたるからな」


そんなことをブツブツ呟いていても、結局跪かされるのは俺の方で。あのピンク色の紙切れ一枚の誘惑に負けた自分を恨みながら、あの俺よりも細い腕の中に抱かれる。

 

可愛い可愛いりょーちゃん。大好きやで。

 

そんな甘い台詞と共に、飴と鞭を器用に使い分けるあいつが俺の上で妖艶に微笑む。こんな話、他の誰にも絶対出来ん。いや、したくない。これは俺らだけが共有する唯一の秘密なんやから。知られてたまるか。


そんな、とあるアイドルである俺とホステスの恋愛事情。