とあるアイドルの恋愛事情 【短編集】

適度に休みはあるとはいえど、9年間毎日同じことの繰り返しを続けてれば疲れもする。

毎日色んなことが起こって、それを多少慌てながらも乗り越えて日常を何とかやり過ごす俺とは違い、毎日同じことの繰り返し。ええ服を着て、髪をセットしてええ顔を作って。そんなに好きでもないと言ってた酒を飲みながら酔っ払いのおっさんの相手をする。同伴もすれば営業電話やメールも。

もしかしたら俺なんかより忙しいんちゃうかな?って時々思う。


「なぁ、ええんか?」


少し間を置いて当たり障りの無い言葉を選び、ピンク色の液体が注がれたグラスを傾ける横顔に問い掛けた。動かされた視線は、俺を越えて後ろ側にある窓の外を見つめてて。相当疲れてんのやろな。と、珍しくストレートにして下ろされてる髪にそっと手を伸ばした。

「お触り禁止ですよ、お客様」
「散々人のこと触りたくっといて何を言うてんねん。俺らも無闇にお触り禁止ですよ、お客様」
「ははっ。そうか」
「肩貸したるからちょっと寝れば?料金はサービスしといたるから」
「そぉ?ほんなら遠慮なく」

グラスを手放しても、膝の上に置かれてた扇子だけは大事に握り締めてて。随分前に京都土産やと渡した少し高価な扇子を、こんなにも大事に使ってくれるやなんて思ってもみんかった。

そんな小さなとこでこいつの愛情を独り占めしてると錯覚を起こさせる。結構重症やな。と、肩どころか膝の上で項垂れてる小夜の頭をそっと撫でた。

「誰が膝の上で寝ぇ言うたんや。あつかましい女め」
「ケチくさいこと言いなや。今日はあかんねん。ホンマに疲れとんねん」
「珍しいな。何かあったんか?」
「いーや、何もあらへん。弟に甘えたいお年頃やねん」
「30手前のばばあが言う台詞か。あほくさい」
「ホンマ可愛ないわ。…好きやけどな、そんなりょーちゃんが」

普段俺のことは散々邪険に扱うくせに、こうして2人になれば甘い言葉を聞かせる。これぞ「飴と鞭」やな。と、いつもながらにサラッとやってのけるこいつの手際の良さを尊敬する。