初めて会ったケイさんの奥さんは、見るからに気の強そうな人だった。


ここがカフェだとか、知らない人がいるとか、ケイさんの腕の中に幼子がいるとか…色んなことを完全に無視して、奥さんはツカツカとケイさんの元へと歩み寄る。そして、パシンッと一発頬に入れるとフンッと鼻を鳴らし、我が家の女王様お得意の腰に両手を当てて相手を見下ろすお怒りポーズを見せてくれた。

「っ…たぁ…」
「そりゃ痛いやろ。痛くないならもう一発やで」
「もう十分やって」
「今日からちゃんと家に帰ってくるように」
「いや、でも…」
「あんた、太一が可哀相やと思わへんの?」

奥さんの怒りは尤もだと思う。父親がこれだけ家を空ければ、一人で子育てをしているようなものだ。奥さんも大変だろうし、子供も可哀相だと思う。

我が家でさえ、遠方での仕事がない限り父は毎日帰宅した。特別マリーへの愛情の比率が高かっただけで、親子のコミュニケーションが取れていなかったわけではないし、顔を合わせてもらえなかったわけでもない。

「太一は誰の子?せーとの子やとでも言うん?」
「いやいや。お前も誤解されるようなこと言うなよ」

遅れてその場に入ってきたハルさんは、これ以上ないくらい困り顔で。あぁ、トラブルを解決出来なくて持って来たわけか。と、キャパシティオーバーになりかけのトラブルにそろそろ頭が痛くなってきた。

「ケイさん、美緒もらいます」
「おぉ。ごめん」

ここで突然起きて泣かれてはまたややこしい。その芽を早々に摘むべく受け取ると、「むー」と意味のわからない唸り声を上げて美緒が顔を顰めた。

「起きるなよ」
「むー」
「よしよし」

横抱きにしながらポンポンと背を叩き、再び深い眠りへと誘う。器用な人間は、こういった時活躍するのだ。

「ちーちゃん、セナ、今度はヒーロ?あんたはいつから三木恵介になったんや!」
「いや、なってへんわ」
「あんた家族おらんの?嫁は?子供は?おるんちゃうん!」
「おる…けど」
「けど何やの。うちらの幸せよりせーとの方が大事なんやったらせーとと結婚しぃや!」
「ムチャクチャ言うなや」
「どっちがや!」

確かに、「せーとと結婚」は無茶だ。けれど、それ以外奥さんの言っていることは正しい。

そう思うのは俺だけだろうか。

「落ち着けって、りん」
「せーともせーとや!」
「悪かった言うとるやろ。ギャーギャー言うなよ」
「うちの旦那返して!」
「誰も取ってへんがな」
「自分らの幸せのためにうちの幸せ壊さんといて!」

奥さんの叫びは、ハルさんにケイさん、そして聖奈を一瞬にして凍りつかせた。そして、悲痛な叫びは尚も続く。