三人で車に乗り込みいざ出発!というところで、一台の車が駐車場に入って来た。

「timingバッチリね」
「だな」
「え?」
「ハル先生が帰ってきたんだよ」
「あっ、じゃあ心配要らないね」
「え?」
「佐野君、先生の奥さんの事心配してたみたいだから」
「あー…」

他人から見てもわかるのだから、レベッカからしてみれば大爆笑ものだったことだろう。それを表に出さなかったのだから、やはりレベッカは凄い。

「俺ちょっと行ってくるから待っててもらってもいい?ごめんね、ただでさえ遅くなってんのに」
「全然!」
「ありがと」

頬にキスの一つでもして降りたいところなのだけれど、さすがにこの状況でそれをしてしまうと「ただの女好き」になりかねない。海外育ちも不便だな…と自分に言い訳をしながら、運転席の扉を開けてハルさんの車へ歩み寄った。

「おかえりなさい」
「おぉ。出かけるんか?」
「ladyを二人送りに」
「おぉ。千彩は?」
「パンとエイ!ヤー!やってんじゃないですかね」
「あー…」

気まずそうに視線を逸らしたハルさんは、酷く疲れているようで。まぁ、あの女王様に付き合わされていたならそうなるか。と、察しの良い息子の俺は一人うんうんと頷いた。

「麻理子とどこ行ってたんですか?」
「ん?」
「当てましょうか?」
「ドライブや」
「だと思いました。ちーちゃん、ハルさんが謝りに戻って来るの待ってますよ」
「やろな」
「あっ。わかってたんすね」
「そりゃ、17年夫婦やってますから」

ハルさんにはハルさんの理想があって、それに合うようにちーちゃんは生きている。そう言ってしまえば、理想の夫婦像になるだろうか。俺がちーちゃんだったならば、窮屈過ぎて途中で逃げ出してしまうと思うけれど。

「俺、少し遅くなる予定なんで」
「すいませんね、お気遣いいただいて」
「いえいえ。ついでにうちの奥さんのご機嫌も取ってくれたらなーとか思ってるんですけどね」
「あー…相当機嫌悪かったぞ」
「散々イヤミ言われた後っす」
「ご愁傷さま」

車から降りてきてポンッと俺の頭を叩くと、ハルさんはタバコを一本加えて火を点け、俺に咥えさせた。

「…匂い付くんですけど」
「気にすんな」
「気にしますよ」
「ストレス溜めると心に余裕がなくなるからな」
「は?」
「お前には俺やメーシーみたいになってほしないんや」

そう言い残し、ハルさんは去って行った。その後ろ姿は、何だか寂しげだった。

「ストレスって…」

どちらかと言えば、溜まっているのはちーちゃんの方ではないだろうか。そう思うのは、俺があの夫婦をよく見ていない証拠だろうか。

「深いねー、三木夫妻」

シンと静まり返った駐車場にゆっくりと響くハルさんの足音を聞きながら、立ち上る細い煙を目で追い、俺は深いため息を吐いた。