state of LOVE

伸びてきた細い指が、そっと右目の瞼をなぞる。ゆっくりと目を伏せると、ピンッと鼻先を弾かれた。

それで気付く。俺達以外の気配が近くで動いていることに。

「ちーちゃん、目が覚めた?」
「あれー?なんでわかったん?」
「ん?俺はちーちゃんのことなら何でもわかるよ。こっちおいでよ」
「うん!」

スッとスライドする扉の向こうから、「えへへ」と照れ臭そうに笑ったちーちゃんが姿を現した。眠って気分が良くなったのか、ペタペタと足音を立てながらご機嫌だ。

「セナと美緒ちゃんは?」
「もう寝たよ」
「おはよう、チサ。気分はどう?」
「んー…大丈夫」

相当泣いたのか、ちーちゃんの目は真っ赤に充血していて。こんな状態でハルさんが放置していくなど、俺の知る限りではあり得ない。

ただの夫婦喧嘩じゃなかったのかよ…と喉元まで出かかった俺の前に、再び細い指が伸びた。

「マナ、はるは?」
「んー…まだ帰ってきてないよ」
「…そっか」
「心配なら電話する?俺かけようか?」
「ううん。いい」

フルフルと大きく首を横に振るちーちゃんは、向かい合うレベッカよりも随分と幼く見えて。この状態で置いていくなよ…と、普段は過保護を極めたようなハルさんの暴挙とも取れる行動に、ずんと頭の奥が痛みを訴えた。

「ケンカしたんだって?」
「…うん」
「仲直りしないの?」
「んー…いい」
「どうして?」

はる大好き!のちーちゃんの発言とは思えない言葉に首を傾げる俺に、ちーちゃんは困ったように笑ってみせた。

「はる、もうすぐ帰ってくると思うから」
「うちに泊まるかもよ?」
「ううん。今日はちさに謝らないとあかんから、絶対帰ってくるよ」
「自信あるんだ」
「うん。だってはる、ちさのこと世界で一番愛してるもん」

嗚呼、聖奈もこんな風に笑ってくれればいいのに。心底そう思う俺に、ちーちゃんは笑顔のまま言葉を続けた。

「たぶんちさが悪かったけど、絶対はるが謝るよ」
「俺はちーちゃんが悪いとは思わないけどね」
「はるはセナと一緒で、ヤキモチやきさんやから」
「はるさんが?」
「うん。だから、怒らせたちさが悪い」
「ふぅん。そうなるんだね、ちーちゃんの思考では」

俺だったら、絶対にそんな思考には行き着かない。それはキッパリと断言出来る。

「はるはちさを愛してるから、愛しすぎて苦しくなるんやって」
「ハルさんがそう言ってた?」
「ううん。ともと。ともとは、ハルの弟。まだちさがハルと結婚する前にね、いっぱい色んなこと教えてくれた人」

え?色んなことって何?と聞き返したとて、ちーちゃん相手では無駄に話が長くなって、結局要領を得ないまま終わるだけだ。

それがわかっている俺は、「そうなんだ」と軽く受け流して次の言葉を待った。