「まーなー、朝だよー」


柔らかな甘い声にゆっくりと瞼を持ち上げると、それに合わせて腹の上に圧力がかかる。思わず「うっ…」と呻いた俺に、その声の主はにっこりと笑って見せてくれた。

「おはよー」
「あー…おはよ、ちーちゃん」
「お寝坊さーん」
「重いって」

乗っているのは美緒だろうと思っていた。けれども、予想していた人物の姿は俺の腹の上にはない。

その代わりに、夢の中の人が俺の腹の上に乗っていた。寝惚けた脳ミソでも瞬時に判断がつく。

この状況は、非常に危険だ。

「皆は?」
「お昼ご飯作ってる」
「皆で?」
「うん!あっ、でもメーシーはおらんよ」
「まだ来てねーの?」
「ううん。美緒ちゃんと公園行ってる」
「へぇー…メーシーがね」

落とさないようにちーちゃんの体を支えながら、ゆっくりと起き上がる。

どうりでゆっくり眠れたと思った。カーテンから差し込む日差しが、もうランチタイムが近いことを教えてくれた。

「さて。俺もランチの準備手伝うかな」
「ピザ作ってるよ」
「おっ。俺ピザ好き」
「ちさもー」

伸ばされた腕をそのまま受け入れ、擦り寄ってくるちーちゃんの髪をゆっくりと撫ぜる。すると、お礼と言わんばかりに右頬に温かい感触が返される。

ハルさんが見ていない時限定の、俺達の特別な時間。決まってそれを邪魔するのは、俺の恋人だった。


「何やってるんですか。起きたなら手伝ってください」


冷ややかな視線が、ちょうど左頬辺りに突き刺さる。右頬には、むにっと柔らかな感覚がまだ残っていた。

「朝から殺気立ってるねー」
「はるに見つかったら、殺気どころでは済みませんよ」
「へーへー。ちーちゃん、起きるから退いてくれる?」
「えー」
「えーじゃないよ。ホント、いつまでも可愛いね。うちの闇色姫も見習ってくれりゃいいのに」

チラリと視線を遣ると、肩を竦められただけで言葉はなかった。好きにしろってことか。どうやら呆れられてしまったらしい。

「ちーちゃん、セナがハルさんに言い付けるかも」
「えっ!?セナ待ってー!」

慌てて飛び降りたちーちゃんは、ペタペタと足音を立てて聖奈の後を追って出て行ってしまった。せっかく幸せに浸っていたというのに、とんだ邪魔者だ。