平和は良いことだ。

などと呑気なことを思いながら、ソファを跨いでハルさんの隣を陣取った。

「で?」
「あぁ…おぉ。せやな」
「自分が言い出したんですよ」

逃がさないぞ、と目を細めると、観念したのかハルさんは遠くを見つめながらタバコを吹かし始めた。

「震えながらも俺を好きやって言うてくれるんが嬉しかったんや」
「はぁ…」
「ただ単純にそれが嬉しかった。話してくれたら良かったのにな」
「嫌われたくなかったんじゃないですか?」
「そんなことで嫌うか」
「女の人の感覚は、俺達とは違いますからね。マリーがいい例ですよ」

あの人は、あれでメーシーのことを誰よりも愛している。アラフィフにしてワガママ絶好調の女王様だけれど、それもメーシーを愛しているが故なのだ。

他人には理解し難い愛情表現なのだけれど、息子である俺にはわかる。だから自信を持って言えるのだ。

「この際だから言いますけど、ちーちゃんもちーちゃんで色々考えてると思いますよ」
「何や、急に」

そうだ。この際だから言ってしまおう。そうしなければ、この人達は永遠にちーちゃんを「少女」として扱いそうだから。

「ちーちゃん言ってました。「ちさが大人になるとはるが悲しむからごめんね」って」
「は?」
「好きなんですよ、ハルさんのことが。ただ純粋にハルさんのことだけを想って生きてる人ですよ」

今はそれでいいかもしれない。けれど、これから先何十年とそれが続く保証はどこにも無い。

「素敵な人だと思いますよ。俺は」
「当たり前やろ」
「旦那がハルさんじゃなかったら、間違いなく手を出してましたね」
「あほなこと言うな」

まぁ、それは冗談ですけど。とアッサリと前言撤回をした俺に、気だるそうに前髪を掻き上げたハルさんは苦笑いで答えた。

「まさかお前にそんなこと言われるとはな」
「俺、意外と見てますよ。どこかの嫁バカ全開のアラフィフさん方と違って、俺の世界は俺を中心に回ってるんで」
「お前ほんま…メーシーにソックリよな」
「あー…あの人も見てないようで見てますからね。見てるけど、麻理子にしか興味ないですから、あの人」
「お前が腹にできるまで隠しとったくせにな」

アンタのせいで言えなかったんだよ!と、ここにメーシーが居たならば、間違いなくそう反論していたことだろう。けれど、幸か不幸か彼はここには居ない。

「そうっすね」と流した俺は、中身を飲み切ったマグカップを持ってよいしょと重い腰を上げた。

「ちょっと寝てきます」
「おぉ」
「ハルさんも少し寝た方がいいですよ?愛しのちーちゃんが帰って来るんですから」
「おぉ。そうするわ」

これで少しは楽になっただろうか。と、心優しい義理の息子を気取った俺は、シンクにカップを置いてリビングを出た。