放課後になると「さようなら」って笑顔で手を振ってきた天野さんに不安な気持ちのまま手を振った。

その後は本当にどうしたのか分からないけど、天野さんの“帰る”と言う言葉を信じて何も言わなかった。


…人間は何で欲を覚えてしまうと、それに先走るんだろう。


マンションに着くと翔はお風呂に入ってた。

そのまま私は鞄をソファーに置き、ベランダへ出る。


夜の風は冷たくて、私は両腕を擦りながら街並みの景色をボンヤリと眺めた。

ここの景色を知ったのは5年前。


あの頃と眺める景色は少し違うけど、街の輝きは同じ。

マンションからしか見えないこの高い位置からの景色が私は何となく好きだった。


何でか知んないけど、ベランダに出ると落ち着いて、昔のあの頃もこうやって眺めてた記憶がある。


「…おかえり」


不意に聞こえた声に後ろを振り向くと、ビールを手にした翔が目に入る。


「あ、うん。ただいま」

「寒くね?」

「うん。ちょっとね」

「はいよ」


翔は私の肩にパーカーを掛け同じくベランダに出てビールのプルタブを開けた。


「ありがと」


そう言って掛けられたパーカーをギュっと握って私は微笑んだ。