「うん…。ありがと」


玄関先でそう言った私に諒ちゃんは軽く手を上げる。


「おぅ。…またな」


ガチャンと閉まったドアで埋まる視界。


背後から“美咲?”ってママの声が聞こえてきそうで、今にも現われそうで。

この家に居ると、そんな事ばかり考えて涙が出そうになる。


泣く時はこの家ばかり。


「おいっ、」


再びガチャッて開いたドア。

手で顔を覆ってた私はビクっと肩を上げる。

手を払う私の前に見えるのは諒ちゃんの顔。


「ど、どうしたの?」


忘れ物?って聞こうとした時だった。


「荷物は?」


そう言ってくる諒ちゃんはもう一度ズカズカト足を踏み入れる。


「え、ちょ…何?」


慌ててリビングに向かった私は諒ちゃんの行動に訳分かんなかった。

諒ちゃんはテーブルに置いていた2つのマグカップを流しに置くと、そそくさと私の鞄を掴んだ。


「他は?」

「え、何?何処行くの?」

「何処って翔さんのマンション」

「何でっ、」

「何でって、そんなんでおいて帰れるかよ」


そう言った諒ちゃんは灯りの点った電気をパチンと消した。