「拾ってくれない?」
少女は入り口前に段差のある店の前に座り、俯いたまま、俺のズボンの裾を引っ張った。


「タダか?」
俺はタバコの煙をふっと寒空に吹き上げ、尋ねた。

そのタバコの煙の行く先を視線で追うように少女は顔を上げ、
「あたしが払ってもいいわ」
と、初めて俺と目線をぶつけた。

キレイな目―。
だけどその目はこの世で全うに生きていくには妨げ以外の何物でもない。
ほら、その証拠に切れた唇。

だけど、「コイツは高い。」
いくら俺でも直感で分かる。
自分が払ってもいいと言うだけの事はある程、この街で稼げているのだろう。

それは、この世で蔑まれ、疎遠される証。
それは、この世で弄ばれ、利用される証。

透明な湖の底に僅かに届いた日光で揺れる、そんなミドリ色の目―。

「俺はお前と違って安いぞ」
ズボンの裾を掴んだままの少女に吐き捨てるように言う。

すると少女はその目と唇を緩めて、
「あたしは高いわ、あたしを拾いなさい」
と微笑んだ。

―何故だ?
こんな少女を手にしたい人間など、この世に腐るほどいる。
こんな少女だからこそ、蔑まれ、疎遠され、弄ばれ、利用される為に必要なのだ。

ただ、絶対的に、その需要に対する供給が足りていない。
こんなところで1人座り込んでいるだけで、誰かが掻っ攫っていったって全くおかしくない。

そういう街、そういう世界なのだ。

俺はかがみ込み、少女と目線の高さを合わせた。

ミドリ色のくりくりした目が俺を見ている。
いや、見ているのか?
俺を通り越してどこか遠くを見ているような…

切れた唇に指で触れると、少女は我に返ったように一瞬、身を硬くした。
俺も反射的に手を引こうとしたが、少女がその手を引き止める方が、更に一瞬早かった。

俺の左手に右頬をうずめる少女。
俺の両手には持て余すほどの価値がある少女。

だけど、何故だろう…
俺の片手に丸まってしまうほど、急に小さく儚げにみえた少女。

「拾ってくれるよね?」
そう言いながら立ち上がり、俺の腕にするりと滑り込んだ。

俺は面白いものを拾わされてしまったらしい。
この世で最も下賤であり、この世で最も価値のありそうなもの…

コレは俺の人生をどう狂わせてくれるのか?

自宅へ向かって歩きながら、口元に卑しい三日月のような笑みを浮かべた俺を見てか見らずか、

「あ、満月。肉まん食べたい。」
少女は無邪気な笑顔で夜空を仰いだ。

とりあえずまずやるべきことは…

コンビニで肉まんを買うことだろう。