《歩いてる》

 ――そいつは歩いてたんだ。

 オレは高層マンションの一番上に住んでいる。それで、あれは深夜3時くらいだったと思う。
 不意に目が覚めてしまったオレは一服する為にベランダに出たんだ。空気がべたつく様に重かったけど、風は少し寒さを感じる様だった。
 夜景を眺めていると目の端っこに白いレースが見えた気がしたんだ。それで、そっちを見ると綺麗な女がいるじゃないか。
 その女は隣の家のベランダの柵に座って、足を宙に投げ出している。ここは39階だし普通は危ないと思うはずなのに、その女は別に問題がない気がした。
 女はそのままこっちを見て微笑むと、柵から飛び降りて、空中を自然に歩き出したんだ。

 その光景をみてオレはハッとした。
 これは夢なんだって。夢ならオレだって歩けるはず。
 オレは迷わずに柵を飛び越す。だって、美人が手招きしてて、夜景の空中散歩ができる夢なんて最高だろ?
 でも、オレは一歩も歩けないまま、下へと落ちてしまった。
 夢なんてそんなもんだよな。
 女は落ちて行くオレを見ながらニヤリと笑って、そのまま何処かへ歩いて行ってしまった。

 オレはそのまま地面に叩きつけられて即死。その後も何度か同じ事を試したけれど結果はいつも変わらない。
 なんであの女が空中を歩けたのかは未だに謎だ。