彼のように事務所に正式に所属していない、準所属のランクは最低に位置し、台詞の分量に関わらず30分アニメ1本につき1万5千円、さらにそこから事務所へマージンを取られて手取りはおよそ1万2千円――つまり一ヶ月で最大4話分(4週分)フル出演したとしても、その収入は5万円にも満たない。

人気が出てきているのだから、ランクを上げれば……という簡単な話でもなく、ランクが更新されるのは年1回で、そのランクと実力が見合っていなければ仕事は激減する。

現に晴れて正所属になったばかりに仕事がなくなり、そのまま事務所を去っていく先輩も珍しくないのだという。



声優業の過酷すぎる現実に返す言葉が見つからない。



「そんな訳でして……声優だけでは家賃と月々の支払いもままならず、バイトもしてます、すいませんっ!甲斐性なくて本当にっ、すいません!」


再び机に突っ伏す勢いで下げられた頭を、ぽんぽんと撫でるほかない。


「正直そこまでとは思わなかったけど……しょうがない。もう応援するって決めてるから」

「真下さんっ」

「そのかわり、ランクが上がっても仕事が増えるくらい頑張ってよね」

「もちろん、もちろんっすよー!」


ぶんぶんと首を縦に振る桐原さんを見て、大きい犬みたいで可愛いなぁと思っていると、ふと身を乗り出した彼が耳元で囁いた。


「あと、俺の声でむちゃくちゃ気持ちよくさせます」


ぼんっと赤くなる私を余所目に、向かい側の彼は黒縁メガネの奥で余裕の笑みを浮かべている。


飼い犬に手を咬まれるとはまさにこのこと。



年下で貧乏で100円コーラを嬉しそうに啜っている彼だけど、ひとたびマイクを前にすれば世界だって宇宙だって救うヒーローになる。


声という魔法だけで戦う彼の勇姿を、これからも一番近くで見守って行きたい。



人気声優と呼ばれるその日まで。