ようやく彼と直接顔を合わせたのは、以前も待ち合わせに使ったことのある、S駅近くのファストフード店だった。


いつも通りのくったりシャツにほつれたスニーカーという、ステージで見せたオーラを一切感じさせない普段着の彼が、珍しく約束の時間に遅れてきたと思ったら、開口一番


「職質に遭った……」


とひどく落ち込んで現れた。


「職質って……あの、職務質問ってやつ?」


無精ひげが目立つ顎を撫でながら、力無くうなずく姿は、確かに不審者と言えなくもない。

聞けば、平日の昼間から普段着で都内をうろつくことが多い声優という職業(主に男性)は職質に遭うことも少なくないという。


「鞄を開けて見せろって言うから開けたけどさ、こういう時に限ってBLCDのサンプルもらっててさ、もう台本見せて台詞一小節読んで、それでやっと解放された……」


ぐったりと机に突っ伏す姿は悲哀に満ちていて、悪いとは思いながらもなんだか少し笑ってしまう。


「もう少し洋服とか変えてみたら?そろそろお給料だって入ってきてるんじゃないの?」


役者業の給与の仕組みはわからないが、昨年の暮れにレギュラーが決まって、半年近くも忙しい日々を過ごしているのだ。

そろそろまとまった給与が振り込まれていてもおかしくない。



しかし予想に反して、桐原さんはいつまでも机に突っ伏したままだ。



「……え、まさかまだ振り込まれてないの?」


「――実は……」