こうして晴れて彼の声の独占権を得た私であったが、現実はそうも上手く行かない。


「おやすみ」ボイスと「おはよう」ボイスは特別に録音させてもらったものの、そもそも普通のOLである私と、声優である彼とは生活時間帯が合わない。


更に桐原さんは『ビリケン!』放映前の多忙なスケジュールをこなしている真っ最中で、会社まで来てくれたあの晩も、アフレコ上がりの雑誌撮影を終えたばかりだったらしい。


(どうりで“衣装”のままだと思った……)


結局、今日も夜な夜な《自慢の》寝室で、“ビリケン!公式WEBラジオ たっきー&しゅーやのビリビリ放送局第8回”を聴きながらサイトの更新をするという日常が続くばかりだ。

今時の声優としては珍しく、アニメもゲームも詳しくない桐原さんが、事務所の先輩であるたっきーこと多岐川さんと、週替わりのゲストに一方的にイジられるだけの内容だが、多岐川さんの天然ボケと桐原さんの素がにじみ出るトークは、概ね好評を得ているようだ。


マウスを動かす手元の脇で、メールの着信を知らせるランプが点滅した。


(桐原さんからだ)


このところ翌月に控えたビリケン!第1話プレミアム上映会のイベントに向けて忙しい日々が続いているらしい。

更にここだけの話、秋には桐原さんが主役の乙女ゲームが発売されたり、スマホ用ゲームの役が回って来ていたりと、とにかく事務所側の猛プッシュがすごくて体調管理で精一杯の状態なのだ。


メールの内容も


“歌って踊るなんて人生最大のピンチです”


という一文だけ。

こちらも“お疲れさまです。体に気を付けて”とだけ返す。


もう十二分に頑張っている彼に、これ以上頑張れなんて声は掛けられない。

声の仕事は体が商売道具。

とにかくそれを大事にしてもらわなければ。