(嘘でしょ、私)


居たたまれなさすぎて、本当にその場から駆けだしてしまった。

しかし、すぐ彼の長い腕に絡めとられる。


冷えた耳のすぐ脇で、彼の熱い吐息と低音ボイスが響いた。


「恥ずかしい気持ちは分かりますけど、俺だってむちゃくちゃ恥ずかしかったんすから」

「です……よ、ね」


『過春』の台詞群を思い返せば、オネェ言葉であれ、卑猥モードであれ、彼にとって恥ずかしい台詞しか存在してしない。


ふいにぐっと彼の両腕に力がこもった。


「でも俺、恥ずかしいよりも嬉しかったです。真下さんが俺の言葉一つ一つですごい喜んでくれて、『幸せだ』って。着ボイスが配信されたら全部買うとか、俺の声で起こされたいとか」


(……!そんなことまで言ったの、私?!)


「だけど俺、あの時は怖くて訊けなかった――。だから、今ここで聞かせて下さい」


ぐいと両肩が引き剥がされる。

互いの白い吐息の向こうに、彼の真剣な眼差しがあった。



「真下さんが好きなのは、俺の声だけですか?」

「……」

「中身付じゃ駄目ですか?」

「…………」

「俺は真下さんが好きです」

「………………」

「せめて声からだけでも――」


唇で彼の口を塞いだ。

もう、わかり切っていることだ。

私は彼が好き。だから逃げ回っていたのだ。彼を失いたくない一心で。



唇を離して、開口一番、私はこう言った。


「キスすると声が聴けなくなっちゃう」


驚いた彼の表情に、みるみる笑顔が広がっていく。


「君の声も、聴かせて」


その甘くとろける声を残して。


私たちはもう一度キスを交わした。