「さっき気付いて電話したんですけど、担当の人もう帰ったって……」

半べそ気味の部下に変わって、受話器を取る。

「誰が残ってたの、その電話に出た人は?」

「確か、中山さん……」

「第3の中山君か、彼なら分かるかな……あ、お疲れさまです、経理の真下です。確認したいことがあって……ええ、差し戻ししてた請求書のデータなんですけど――」


こうして仕事の波に飲まれてゆく。



次に時計を見ると、既に9時を回っていた。

桐原さんからメールが来ていたことを思い出して携帯を開くと、順当に未読数が増えていた。


どれも“体調大丈夫ですか?”“仕事何時に終わりますか?”“返信待ってます”といった内容だ。


一息ついて携帯を閉じる。

相変わらず彼の真意が分からない。

でもそれを問いただす勇気もない。


出来れば、この場所から動きたくなかった。


私は彼のファンで、少しだけ彼の直接の知り合いで。


彼に嫌われたくなければ、彼を嫌いにもなりたくなかった。

ここから一歩でも動けば、そのどちらかが待ち受けているかもしれない。

ならいっそのこと動かなければいい。

このままフェイドアウトしていけば――。



「すごい背、高かったねぇ」

「本当、モデルさんかな」