君が居た世界が、この世で一番愛した世界だったから。

泣いても泣いても涙は止まらないのだし、私が泣けば泣くだけ、夜くんが心変わりしてくれるわけでは無い。
頬に触れる夜くんの指先を意識するたびに、体が硬直していくみたいだった。

思い切って、俯いていた顔を上げると、藤原さんと真っ直ぐに目が合った。
首筋に流れる赤い線が、はっきりと見えた。
良かった、そんなに酷い傷じゃない、と思った瞬間に、私の中で何かが湧き上がってきた。
脳みそが、急にフル回転を始めたのだと思った。

「藤原さんっ!!!逃げて!早く、走って逃げてっ………!!!」

突然叫ぶ私に、呆気に取られた夜くんは、一瞬の判断を間違えたのだろう。
私と藤原さんの、かち合ったままの視線、小さく頷く藤原さん。
一瞬私の顔を見つめた夜くんが、ハッと気づいて藤原さんを振り返るより先に、藤原さんが走り出した。

「クッ………ソ…!!!」

夜くんはすぐに藤原さんの後を追いかけようとしたけれど、私が彼の腕を抱き抱える様にして、動きを制御している。
男の人の力に勝てるなんて思っていない。
けれど、夜くんは私を強く振りほどいたりはしないと思った。

思った通り、夜くんはそれ以上に走り出そうとはせず、ただ悲しそうに私を見つめていた。

夜くんは私には乱暴はしない。
これで良い。どうか藤原さんが遠く、遠くまで走っていけますように。
顔を上げるのが怖い。夜くんが何を考えているのか、考えるのが怖い。
だけど、これで良い…。これで…。彼は絶対に、私に乱暴はしないのだから。

そう、思ったのに。

「輪廻はどこまでイケナイ子なの?お仕置きが必要だね。」

悪魔がそっと、囁いた。