君が居た世界が、この世で一番愛した世界だったから。

カフェのホールは、夏休みいう事もあり、賑わっていた。
私は普段の平日の昼間は学校があるからバイトを出来ない。
平日は夕方から勤務するのが普通で、夕方と言っても学生の姿を見かける事はあまり無い。
未成年だから、夕方から出勤しても働ける時間帯は限られている。
ほんの少しの時間だけでも働かせてくれる事が有り難かった。

夏休みなだけあって、最近では昼間も勤務しているからか、中高生の姿を見かける事が増えた。

お客さんの中には、高校生か大学生くらいの恋人同士も居て、そんな姿を見ていると、ふと私と夜くんの関係は、あんまり大声で言ってはいけない様な気がしてくる。
私は高校生。夜くんは社会人だからだ。
愛、という言葉だけで説明が出来て、愛、という言葉だけで世間の誰もが納得してくれる程、世の中が簡単では無い事を、私だって知っている。

私は誰にも気づかれ無い様に小さく首を振って、仕事に専念しようと決めた。

しかし、だ。いつもよりは忙しい仕事中でも、私は気が気ではない。
お客さんに呼ばれ接客していても、男性スタッフと軽く言葉を交わしても、全身から殺気を放っている夜くんの事が気になってしょうがなかった。
それが仕事だという理屈は、彼には通用しない。
やっぱり連れてくるの失敗だったなぁと、私は少し後悔した。

私は客席からは死角になっている洗い場で先輩にそっと話し掛けた。

「あの、藤原さん…。」

藤原 春陽(フジワラ ハルヒ）。
大学生の彼は、私よりも大人で落ち着いている。
温かい笑顔と、どんなに小さな事でもスタッフの変化にはすぐに気づき、そっと声をかけてくれる人。
その名前は彼にはとても似合っていて、彼の為にある、たった一つの名前なんじゃないかとさえ思う。