君が居た世界が、この世で一番愛した世界だったから。

起き上がり、伸びをして頭を掻きながら夜くんが振り向いた。

「相変わらずエアコン、使わないんだね。」

「節約しなきゃだもん。贅沢は敵!ですから!」

「一体何と戦ってるの。」

珍しく呆れた表情の夜くん。

「エアコンに体が慣れてしまうのが嫌なの。『クーラー病』だとかってよく聞くじゃない?
それに、本当に一人暮らしを始めた時に出来るだけ自然の風で堪えられる様にしておかないと!贅沢なんてしていられないもの。」

「俺がどうにかしてあげるよ。輪廻は何も心配しなくて良い。」

ほら、。またそうやって私を甘やかすんだから…。
夜くんがお金に困っていそうなところを、私は見た事が無い。
それは彼が大人で、大人は皆んなそうなんだと思っていた。
働く様になれば沢山のお金を持つ事が当たり前になって、望めば何でも手に入る。

大人とはそういう生き物だと思っていたけれど、ママが家計簿をつけながらウンウン唸っている姿と夜くんは結びつかない。
旅行に一週間も行ってしまうんだから、私の両親だってやっぱり「大人」なんだとは思うけれど、私一人が家に残り、浮く予算を考えれば、やっぱり夜くんと両親の「大人」は違う様な気がした。

「輪廻。君さえ望めば、俺はいつだって迎えに行くって言っているだろう?
結婚だって今すぐにでも出来る年齢だ。不自由だってさせはしない。
だけど、輪廻はそれを望んでいない。
君が拒絶するのなら無理矢理な事はしたくはないんだ。
輪廻が望まない限り、君に俺は無闇に贅沢を与えられない。
それは君の事を嫌いだからじゃない。分かってくれる?」

この人は、一体一日にどれだけ私の事で
頭を悩ませているのだろうか。
私が決めて行動している事は、夜くんのせいでは無い。夜くんが頭を悩ませる事は、何も無いのに。

「私が贅沢出来ない事を夜くんのせいにするつもりはありません。
両親に甘えて今の生活に慣れてしまった時に、後々困るのは私ですから。
それに、夜くんを拒絶してるわけじゃなくて…今はまだ、さすがに…。」

「あぁ…輪廻。ごめんね。
君を困らせたいわけじゃないんだ。俺が悪かったから。」

「謝らないで。
あなたの愛情は、ちゃんと分かってますから。」

良かった、と私の掌を握る彼。
その掌を握り返しながら、この想いが掌を伝って全部届けば良いのにと願った。