君が居た世界が、この世で一番愛した世界だったから。

注文していたコーヒーを飲み干して、雑誌を鞄にしまい、私は席を立った。
喫茶店を出ると、ショッピングに出掛ける意欲は残っていなかった。
気分転換のつもりだったのに、気晴らしも上手に出来ない自分が悲しかった。

したい事も、しなければいけない事も思いつかないのに、帰る気には到底なれない。
やけに重たい体を無理矢理に動かして、あても無く歩いた。

無意識に、開く、閉じる、開く…グー、パー、グー、パーを繰り返していた右の掌が、何度目かのグーになった時、私は泣いている事に気がついた。

何も掴めないままの空っぽの右手は震えている。

思い出すのは、私の掌に絡む、細く長い指。
「ほら、輪廻。危ないだろう。
ちゃんと捕まってて。」と私の右手を掴む大きな掌。
いつも彼の左側に立つ私に、「俺の左は輪廻の特等席だ。」と笑った。

「この場所に立つ奴は捻り潰さなきゃいけないね。」と、わけの分からない愛情を、それも愛だね、と笑えたあの頃。

何も知らなくて良かった。
何も疑わずに、ただ全てが愛だと信じていられたら、この右手には今もあなたが居たはずなのに。