「…ま、いいや」
ふん、と鼻を鳴らして男は踵を返して牢獄の前から離れた。
「…おい、ちょっと!」
「西町の、鶴屋という宿屋にいる」
背を向けたまま男が言う。
一度立ち止まって振り返った顔は、おどける道化のように可愛らしい。
「気が向いたなら逃げ出してくればいい、良い返事を期待しているよ」
男は、暗い建物の中を酔ったような覚束ない足取りで去っていく。
「…っ」
後に残ったのは、緋次にも手が届くほど近い位置に落ちた銀色の小刀が一本。
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