「旦那さま、つい先日、私のことを気に入った、と言ってくれる殿方が現れたのですよ」
桜の花はすでにありません。来年の開花に向けて、桜の木は長い休暇に入るのです。花びらを落とした桜の木は、少し寂しさを感じますが、昔ほど悲しくはありません。まだ村長が生きている頃は、桜の花びらが完全に落ちきってしまうたびに、涙を流したものです。枯れてしまった、死んでしまった、と村長を困らせていました。
「けれど私はまだ旦那さまと一緒にいたいのです」
姿を消して、二年と少しの時間が過ぎました。
旦那さまがいなくなってしまったあの後は、毎日泣いて、畑仕事もさぼりがちになっていたのです。庭の花が咲いたと、語りかける相手がいないではありませんか。作った夕食を、おいしいと頬をゆるませながら食べてくださる方がいないではありませんか。そんな孤独を感じるたびに、私は桜の木の下で、ただぼんやりと過ごしたのです。しかし不思議なことで、桜の木の下で過ごすうちに、なぜだか励まされているような気になったのでしょう。一方的に私が語りかけているだけなのに、ふと、旦那さまの落ち着いた、少し間のある喋りを耳元で聞いたような気になるのです。
そうして、私は二年間、なんとか人間らしい生活を続けてきました。
けれど、他の殿方を迎え入れるには、まだ私の中に存在する旦那さまが鮮明すぎるのです。
「もう少しだけ、一緒にいてくれますか?」
おでこを幹にくっつけ、抱きつくように幹に触れると、辺りに静かな風が吹いたのです。そして一枚、花びらが私の髪の上に落ちてきました。
桜の木に、花はひとつも咲いていないのに。
落ちてきた花びらを指先で拾い、私はそれを栞にでもしようかしら。そう考えながら、部屋の中へ戻っていったのです。



