桜うらうら


 首を何度も振りました。涙で前の景色が滲みましたが、必死に旦那さまを見つめました。ぼんやりとした視界の中で、旦那さまが駄々をこねる子供にするような顔をしました。

「大丈夫です。わたしはいつもこの庭にいます。今までのように話しかけてくだされば、きっと答えます。こうしてお話することはもうできませんが、言葉がなくとも今までだって会話はしてきたでしょう」

 旦那さまは、そうして大きな手を私の頭にのせると、まるで子供をあやすように、ゆっくりと撫でてくれたのです。そんなことをされたら、涙など止まるはずもないことを、旦那さまはわかりません。


「お元気で」


 最後は、はっきりした口調でした。

 俯いていた私が慌てて顔を上げたときには、もうそこには誰もいませんでした。

 頭を撫でる手も、ときおり私を厳しく叱るその口も、そのあと日差しのような眼差しを向けてくれる眼も。なにひとつ、残してはくれませんでした。

 ただ唯一、桜の花びらが、ずっと舞い続けていたのです。