小夜はその扉の前で深く息を吸い込んだ

震える指でチャイムを押すと静かな廊下にくぐもった音が僅かに聞こえる

…ピンポ~ン

心の中の様子とは違う軽やかな音が耳に入り込む

グッときつく目を閉じ、逃げ出したくなる体を固まらせてドアの向こうの気配に集中する

いつの間にか握りしめていた両手は湿り、暑くもないのに背中の毛穴からじわりと汗が吹き出した

カチャッとゆっくりドアが開くとマサよりも濃い隈と疲れた表情の遥が現れた

何も言わずドアを大きく開き、中へ入るようにと促された

…入れてくれるんだ…良かった

「お邪魔…します」

ホッとして玄関に入るといつもとは雰囲気が違うことにすぐ気づいた

…何もない…
何足も出ていた靴がたった一足だけ…
傘立ても、自転車用のヘルメットも川原で拾ったバットも…ない

想像をしていたとは言うもののここを出ていく事実が小夜を襲う

…駄目、駄目!
こんなことでショックを受けてちゃ
そうよ…ハルの本当の気持ちを教えてもらうんだから!

落ち込みそうになる気持ちを奮い立たせ、すでにリビングに消えた背中を追った