陣内多恵は不満だった。

何が悲しくてこんな安っぽいペンションに泊まらなければいけないのか。生まれてから泊まったホテルの中でも間違い無く最悪だ。

荷物も自分で運び、しかも料理は食堂のような所で他の宿泊客と一緒…

考えただけで気分が悪い。

『ねえ、あなたも飲みなさい』

ワインを勧められて困惑しているのは婚約者の泰明ではなく、和歌山の何とか…という大学講師の弓暢という男、

(5億かぁ…別にどうって事ない額だけど、あの人困ってたわ…フフフ…簡単には助けてあげないわよ。この先あなたの人生全てを担保に貰うわ)

床に額を擦り付けるようにして懇願する泰明の様子を思い出して多恵はいくらか気分がマシになった。