思いのほか落ち着いた声で尚人と呼ばれた男は答えた。

相変わらず背中を向けたままである。

また何か言おうと口を開きかけたミサ子は思い留まって視線を床に落とした。

しばらく考えた後、背を向けて再び廊下に出る。

深い溜息をつきながらミサ子は隣の自室に戻った。

ベッドと本棚、それに小さなテレビが一つあるだけの殺風景な部屋だが、此処に居る時がミサ子にとって一番落ち着ける時間だった。

中にはうるさい客もいれば乱暴な客もいる。こっちは相手を選べないのだ。

辛い時や悲しい時は何時もこの部屋で過ごしてきた。

昔は一人息子の尚人がミサ子を慰めてくれたりもしたのだが、思春期を迎え段々と口数が減った尚人はミサ子と距離を置くようになり、やがて東京の大学に行くと言って四年前に出て行った。

それっきり帰ってきたのは今回で三度目だ。