泰明は憂鬱だった。

隣に座っているのは婚約者の多恵、そして今は婚前旅行の真っ最中となれば傍目には幸福の真っ只中だろう。

しかし実際のところ泰明はとてもそんな気分になれなかった。

大手都市銀行の融資担当課長を30才の若さで任されている泰明は言うなればエリートかもしれないが、その地位は自ら勝ち取った物ではなく多恵の力がほとんどだった。

多恵の父親は大阪で不動産業を営んでいる有力者。

いまどき不動産業等流行る筈もないが、それは表向きで裏では違法なサイドビジネスで私腹を肥やしている。

多恵はお世辞にも美しいとは言えない。

エラの張った顔立ちに浮かぶ小さな離れた目は深海魚を思い起こさせるし、歳も泰明より八歳上だ。