シャネルの腕時計を一瞬覗いた紗耶香は何時も通り寸分違わない自分の几帳面さに満足そうに頷いた。

一応法に触れる仕事なので胸を張る事は出来ないが、紗耶香は一度たりとも客の指定時間に遅れた事がない。

近代的な外観を持つ『サウスタワーホテル』の前でタクシーを降りた紗耶香は、荷物を持とうと満面の笑みで駆け寄ったボーイを軽く制して入口の階段を上った。

別に宿泊する訳ではないので荷物は殆どない。小さなバッグが一つあるだけである。

いくつかあるエレベーターの中でうまい具合に開いてあるのを見つけた紗耶香は、それに乗り込んでもう一度メイクの確認をした。

清楚で愛らしい顔立ちは、時には女子高生にも見える程だが実際は23才である。

地元の高校に通っている頃、紗耶香はクラスのアイドルだった。

学年に関係なく言い寄ってくる男に何と言って断ろうか悩んだ程である。

だが人生そううまくは行かないもので紗耶香が好きになったのは担任の教師だった。

当然のように彼には妻子があり、幾晩胸を焦がしてみても、相手が既婚者の教師では望みが無い。

東京の短大を卒業した紗耶香は、自分の絵本を出すという長年の夢の為、地元の和歌山に帰り小さな出版社に就職した。