『はい、皆さんとても良いお客さんで…たいていは昔からの常連さんです』

真冬の間の吹雪が嘘のような晴れ間に鬼頭和男は少し汗ばみながら、厚手のダウンを着て来た事を後悔した。

陽光に溶かされた雪解け水の流れる音がオルゴールのように一定のリズムで耳に入る。

 『もう何回も聞かされてご面倒だとは思いますが、その…事件についてですね、特に陣内多恵さんが殺された夜ですが、何か聞きませんでしたか?』

 『何かと言うと?』

元来が話好きな方でないミサ子はうんざりしながら、このくたびれた感じの長野県警から来た男を見上げた。

180以上はゆうにある身長の為か少し猫背になったしぐさが実年齢よりもずっと上に感じさせる。しかも着ているダウンの隙間から何やら黄色い染みが。

(お昼にカレーでも食べたのかしら)

 『その…何て言うか部外者が侵入したような物音とか、あるいは言い争うような声とか』

 『もう警察の方には何度も言ってますが、あの日は凄い猛吹雪で…何か言い争ったとしても聞こえてはこなかったと思います。それに、あんな夜に部外者が入ってくるような事は無い筈です。吹雪の夜に外を出歩くなんて自殺行為ですから』

 『そりゃそうだ、ははは…』

何が可笑しいのか鬼頭は黄色い歯を見せながら下品に笑った。

 『でもね奥さん、陣内さんが殺されたのは深夜1時ちょうど。あなたその時間には起きてましたよね』

鬼頭の質問の意味がわからずミサ子は困惑したように首をかしげた。

 『覚えていませんわ…目を覚ましていたかもしれないし、寝ていたかもしれないし』

 『いいえ起きていた筈ですよ』

さっきまでと同じように黄色い歯を見せているが鬼頭の小さな目は笑っていなかった。