トン トン


ドアをノックして開ける。


「失礼します。総務の中埜です。」


一礼して顔をあげると、そこには書籍部の室長と初老の男性がいた。



あー、書籍部の田中室長が呼んでたんだ。じゃあ、書籍部に移動?



……ん?

このおじいちゃん、どっかで……


書籍部の室長は知ってる。
社内でも有名だから。いろんな意味で。

でも、このおじいちゃんは…誰だっけ?



僕のそんな疑問が顔に出たのか、室長は少しだけ厳しい顔を見せた。


「中埜君。急に呼び出してすまん。とりあえず、そこに座って。」

室長は僕に椅子を進めると、厳しい顔を緩めた。


「中埜君。君は入社何年目だ?」

「3年になります。」

室長はおじいちゃんと軽くうなずき合うと、僕に1枚の写真を差し出した。


写真には、背中まである長い黒髪をした女子高生が写っていた。


ふんわりとした優しい笑顔。黒目がちな大きな瞳が笑いかける。

僕は彼女を知っている。

この会社に入る前、大学生の頃。思い出すのも辛い、最低な日々の中で、たった一瞬だけ放った光。


「彼女の名前は里村朱里(さとむらあかり)。わが社専属の作家だ。ペンネームは千雪だ。」

「え……ち……千雪……ですか……?えー!」

僕は思わず叫んでしまった。

千雪。この出版社に勤めるものなら誰でも知ってる。我が出版社最年少作家。

それだけでない。誰一人、彼女の顔を知らない。担当編集者さえ。

彼女を知っているのは、目の前にいる田中室長とほんの一握りの役員だけ。

その写真が本物かはわからない。誰も知らないから。
田中室長は続ける。


「彼女は、行方不明になっているんだ。理由はわからない。ただ、いなくなる少し前から書けなくはなっていたんだ。…それと……」

室長は少し言い難そうに俯いた。

「…それとな、よく怪我をするようになっていた。…大きな怪我じゃない。叩かれたような…殴られたようなアザができていたんだ。」


「殴られたアザ……ですか……?」

「そうだ。その原因は、たぶん父親だ。」


「父親……」


その言葉の意味を、僕の頭はフル回転で考える。

父親…

アザ…



――!暴力!反対!

じゃなくて!


脳内お花畑が一瞬にして暗黒の世界。





そんな僕に、室長は話続けた。