「……………」
「非常に残念だ」
言葉とは裏腹に、口元に笑みを浮かべながら言う男。
落胆する様子は見られない。
「とは言え大分前のことだ。忘れていても道理。ヨシもその方が都合がいいだろう」
「え……」
あかねの心情を知ってか知らずか、男は母の名前を出す。
その事に驚いて声を漏らせば、男は鼻で笑った。
その姿が何だか腹立たしいが、その気持ちを抑え、あかねは口を開いた。
「母さんの知り合い?」
「知り合い……まぁ強ち間違ってもないが、どちらかと言えば腐れ縁だな」
――何その言い方。
――紛らわしい。
――それに胡散臭い。変質者決定だ。
「あなた誰?」
「誰だと思う?」
質問を質問で返す男に、苛立ちを隠せない。
「答えたくないなら結構です。私も無理に知りたくないですから」
「……君がどう思おうが自由だが、私は怪しい者ではない」
警戒を解く為に言っているのか、或いは油断させる為に言っているのか分からない。
だがあかねの中では既に変質者だと断定している為、それは無駄な事だった。
しかし男はそんな事など微塵も気にしていないのか一気に間を詰めてあかねに近付いた。
「!」
いきなりの事で身構えることも出来ないまま、あかねは驚きと戸惑いを見せる。
そんな中、男は至近距離でサングラスを外す。
晒け出された男の素顔を見て、あかねは僅かに目を張る。
射抜くようにこちらを見る暗く深い紫の瞳。
そして思わず見とれてしまうほど整った顔立ち。
だがそれ以上に、あかねはその男に対して何故か既視感があった。
――なんだろう……
――見た事がある気がする。
――やっぱり知り合いなの?
――でもいつ?分からない。
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