思わず笑ってしまうような、そんな場面が溢れる。


全部、覚えている。これは今までの私が持っている記憶そのものだ。


アナでもなんでもない。そう思った瞬間、足元がぐらついた。



『さあ、君の悲しみに触れようか』







声が…………聞こえた。











『はぁ……はぁ……はぁっ』


これでもかというくらい走った。
速く。もっと速く。速く速く速く速く速く!!



何度も言われた。走ったらダメだと何度も怒られた。



ごめん、かあさま。でも、今は。今だけは許して下さい。





『かあさまっ!!』


スパンッ!と派手な音をたてながら力いっぱい襖をあける。


布団で寝ている母さんを取り囲むように父や兄さん。百合さんに一人の綺麗な顔立ちをした青年が座っていた。


『っ!……桜!お前こんな時にどこへ……!』
『一月。やめろ』

『っ!でもっ!』
『聞こえなかったのか。やめろ』


兄さんは父の言葉にぐっとなにかを押さえ込むような顔をした後、部屋を出ていった。


『はぁ。たく、アイツはちっとも成長しねぇな。すまんが百合ちゃん。一月を頼む』


『……はい』



百合さんは一瞬、顔をしかめたがすぐに戻し一月の後に続いた




『俺達も行くぞ。仕事だ』

『……………了解』



青年は戸惑ったように私の事を一瞥し、母さんに一礼をして部屋を出た。



その間、私はずっと俯いたまま左手に持つスケッチブックをギュッと握っていた。


『桜』


父に両肩を掴まれ、強制的に目を合わせられる。

父の目に映ったのは今にも泣きだしそうに歪んだ私の顔だった。

不安げに揺れ動く瞳は自分を見つめる瞳をじっと見返す。


『いいか、桜。お前が天国に逝くのを見届けろ。お前だけが……母様の死に様を見るんだ。その目に焼き付けるんだ。分かったな』