佳き日に





『警察から逃げる意味でも、抗体を手に入れるためにも福島に戻れ。』

「ごめん、今ちょっと動けなくてさ。」

『お前、余裕こいてると本当に逃げ道なくなるぞ。』

「福島に戻ったって私は警察に追われる。逃げ道なんてきっとないよ。」

『でも、状況はこっちの方が危険だ。』

「……ねぇ、私さ、今けっこう幸せな気分なんだよ。分かりづらい椿の優しさがようやく分かってさ。こんな幸せな気持ちのまま死ねたら、本当、最高。」

『……なぁ、菘どうした?』

「あんたさ、人間だよね?」

『そうだが。』

「やっぱり。東京に着いてからやけに息苦しいなって思ってたんだけど、やっぱりそうなんだね。」

『…………は?』

「椿のお金は、もし生き残ったメモリーズがいたらそいつにあげてよ。」

『おい、待て菘。ちゃんと説明してくれ。』

「ごめん。もう耳聞こえないからさ、切るね。じゃあね。」


舌を使い電話を切る。

音はない。
頭もボンヤリしてきた。

それでも、微かに初秋の風を感じた。

力を振り絞り、最後に菘は空を仰いだ。


どこまでも澄んだ秋の空。
綺麗だ。

最後に見たのがこの空で良かった。

菘はゆっくりと目を閉じる。