佳き日に






「この車を俺らに譲ってくれ。その代わりお前を自由にしてやる。」

菘は少し下を向いて考え込む。

琥珀を追っている鉛丹と桔梗のことを考えているのだろうか。
それともこの取り引き自体を疑っているのか。


「もう今更お前を殺すつもりはない。本当の敵は政府だって分かっているしな。」

雪は肩をすくめてそう言った。

さらにもう一押し。


「早く行かないと、後悔するぞ。」

明日にでも政府が細菌をばら撒くかもしれない現状。

椿が最後に残したものを見ずに死んだら、菘はきっと後悔する。
雪のその言葉に菘は覚悟を決めたようだ。


「のった、その取引。」

閏はすぐに菘を縛っていた縄を外す。

被弾した肩を庇いながら彼女は車から降りる。


「椿のこと、教えてくれてありがと。」


それだけ言い、菘はひと気のない路地に消えていった。

ごそごそと動き先程まで菘が座っていた運転席に座る雪。
閏はポスンとシートにもたれる。

感情に流されて動けば痛い目を見ることは知っている。
菘だって知っているはずだ。
それでも、彼女は自ら選んで流された。
椿の最後の思いを知りたいがために。

窓が割れている空間を閏はぼんやりと見つめる。
菘を、羨ましいと思った。

生きたいと、漠然と思えた。